鏡の国のバカ

しったことか

「理性の限界」を読む

「アローの不可能性定理」「ゲーデル不完全性定理」「二重スリット実験」
これらの言葉にピンとこない人向けの本。わかりやすい。
個人的には精妙精緻な論理的事実(そのもの)にはあまり興味がないので、民意を完全に政治に反映するのは不可能であるとか、この世の命題すべての真偽を明らかにするのは不可能であるとか言われても、へぇそうですか、くらいのもの。できない、という証明だしなあ。タイムスリップは不可能である、と言われて胸躍る人間がいるのだろうか。
論証したがる人にとって、何かの問題に取り組んでいる時に、この問題は解けないのかもしれない、という思いが胸をよぎることは、士気の面でマイナスであろうし、ショッキングな話であることは理解できるが、論証主義過激派でない私にとっては割とどうでもいい話だ。そんな証明があろうがなかろうが、今のところ世の中には整理のつかないことで溢れているのだし。すべての問題を解き明かしてほしいとは思わないが、しないこととできないことは違うのでありまして。
二重スリット実験のわけのわからなさには惹かれまくる。わけのわからないものってのは、論証主義者であろうが私のようないい加減な人間であろうが、好奇心のあるすべての人間をひきつける。そこがいい。その好奇心がシュレディンガーの猫を殺してしまうことになるかもしれないが、好奇心がなければそもそもブラックボックスに魅力を感じることもないのである。もしかしたら、箱が開けられるのは不安の為かもしれないが。