鏡の国のバカ

しったことか

使うあてのないネタ

高度な情報化がこのまま進めば、文明社会においてリバタリアニズムは統治リバタリアニズムとしてしか存在できなくなるだろう、という指摘は既に誰かによってなされているだろうか。この食い合わせの悪い理論が提供するのは、エリート層のサボタージュのネタくらいのものだろう。残念ながら。思えばポストモダン系の論者は、一貫していないように見えるあれやこれやをひとまとめにすれば、謎のインテグリティが発生するという類の議論を好むようであった。これも一種の、負荷を投げ捨てたいという欲望の発露であろう。そしておそらくそれは、情報化の発展と切っても切れない。情報化とポストモダン新自由主義といった現代の思潮は、実は作用と反作用の関係にあるのではなかろうか。市場を重視しがちなそれらの思潮が、市場が推し進める情報化の反作用によって引き起こされるとしたら、なかなかの皮肉であると言えよう。